守っているからうまくいかないのだと思います。それは過去(の文化)を守っているんです。守っているものは経済にはならないです。新しい和を売らないと。江戸時代の和文化は、あくまで江戸時代に売れて経済になっていたものでしかないんです。(講演内容より抜粋)
こんにちは。おしゃ会のあゆみむです。先日9月17日・18日に日本橋にて開催され、和装メーカー、問屋、クリエーターが大集結したビジネス向け展示会「東京カジュアルキモノ展」にご縁を頂きお邪魔してきました。
イベント内トークセッションで非常に興味深いお話をお伺いしましたので、おしゃ会メディアでもぜひお伝えしたく筆を取りました。着物業界で働く皆様、着物愛好家の皆様にご一読いただけましたら幸いです。
※以下は音声の書き起こしではなくメモで記憶をたどりながら書いたものです。特に()の中は記録者の解釈が入っており、その他についてもお話そのままではなく記録者の主観が入っている可能性があることをご承知おきください。ご本人には掲載のご承諾をいただいてます。なお、タイトルは私がお話を聞いた印象で言葉にさせて頂きました。
【テーマ1】"等身大の和" とは?に向き合おう
「なぜ”和”が(自国のことなのに)自分ごとになってないのか。難しい…」と思っているんです。
この問題を解くのに20年以上かかりました。私は和食ジャンルで考えてきましたが、食だけではなく着物もそうだと思うんです。
「なぜ今(普段の私たちは)和服を着てないのか」ということがそれを表しています。皆さんと一緒に考えるにあたりテーマを2つお話します。
まず、”等身大の和”について。
例えば、今私の目の前でお話を聞いてくださっている、藤木屋さん(白のTシャツ襦袢/黒い筒袖の羽織のような衣服/大きな帽子)は等身大な気がするんですよ。
街を歩いててもコスプレにならない。でも他の方(会場に座ってる他の方々、着物をいわゆる"正統派"で着ている人たち)はコスプレに見えると思うんですよね。
ちなみにこちらにいらっしゃいます会長は(着物産業の老舗の方でもあるのに)「着物は着たくない」とおっしゃいます。(笑)"会長が着れる着物"がヒントだと思います。
そもそも自分が「いい」と思ってないものは売れないですよね。当たり前です。買ってくれるとしてもマニアだけ。しかしここは日本なのに、それを「マニア」っていうのはおかしいですよね。
さて、「和」とは何でしょうか。
「和」と言う言葉を一文字で使うと、ほぼコミュニケーションは破綻します。会長に「和とは何か」を聞けば「日本橋の、いわゆる江戸時代の和」が出てきますし、京都の方に聞けば「平安時代の和」が出てくることになります。
その人それぞれの和のイメージが浮かんでくるんでしょう。
おそらく和とは調和のことだと思います。
僕が思う等身大の和は....そう、和という言葉を扱うときは「今の和」とか「等身大の和」と言うようにしていますが、
僕は衣服で言う「等身大の和」は「日常的に、コスプレにならずに着れるもの」が答えじゃないかなぁって思っています。
食産業で言えば、"作法"があるような「懐石」「割烹」そしてリーズナブルな「定食屋」「居酒屋」が基本です。上か下しかない。等身大な、真ん中がなかったので自分で作りました。
(ごはんや 一芯 他 https://www.foodgate.net/shop)
着物で言うと、そもそも「着物」という言葉自体が等身大がない原因の一つかなと思います。
「着物」と聞いた瞬間、「懐石」って感じの印象を受けちゃうんです。おそらく「着物」ではなく「和服」なんじゃないでしょうか。和服、和もの、と捉えれば等身大にも近づいていける気がします。
いわゆる和食の職人はサラダとかデザートとかはできません。やらないしやりたくもないんです。
実際、サラダやデザートは和食の作法にないので(作法の中でやろうとしても)本当にできない。
僕から見ると(この会場に集まっている着物業界の)みなさんがその状態に重なって見えます。
(和食の職人が作法にないメニューを作れないように、着物を作法通りに着ようとしている限りサラダやデザートにあたる新しい着こなしができない)
一度崩さないとできないんです。
僕の中でも着物とは何かは考えています。「衿のある服を着ること、帯をすること、一枚の布を着ること、鼻緒のあるものを履くこと」かなと思っていますが、まだわかりません。
守っているからダメ、なのだと思います。これは過去(の文化)を守っているんです。
なぜ守っているのか?政府が守っているから、助成金も出るからです。守ってるものは経済にはならないです。新しい和を売らないと。
過去のものはあくまで江戸時代(など)に売れて経済になっていたものでしかない。今の人に受け入れられないといけない。そしたら世界中に広がると思いますよ。
質疑応答①
会場のメーカー代表 A様より
自分自身がその”料亭”のフィールドから抜けられないのですが…どうすればいいでしょうか。
村上さん
料亭の中でも確かに経済は回っていますがシェアは広がらない、むしろ小さくなります。
大きなビジョンでやるのであればお客さんを変えないといけません。まずは売り場、店の場所を変えるんです。百貨店の中ではなく、町場につくるレストランのようなイメージです。
商業ビルの飲食店フロアを見るとわかるように、和食店は洋食店に混在しています。しかし和服店(≒呉服屋)は洋服店と混在することは基本的にありません。そういうところでは和服は売れないからです。
どんな空間で、どんな商品ならいけるのか、考えて変えていくことが大事です。
会場のメーカー代表 A様より
「カジュアル着物」「リサイクル着物」が広がり環境が変わってきていても、古くからの着物業界側はそれをうまく取り入れられないんですよね。
「和もの」は流行ってるけど「着物」はね、って思っちゃうんですよ。あと、(いわゆる外国人ウケや若い女子ウケの良い、簡易で安価な)「レンタル着物」が流行っていますが、それは違うと思ってしまいます。
村上さん
はい、商品を「着物」ではなく「和もの」にすべきなんだと思います。あのレンタル着物もコスプレです。
日本に来てくれた外国人の方が買って頂ければいいですが、海外でこの着物の様式そのままで着るというのはまだ難しいのではないでしょうか。
やっぱり私たち多くの日本人が等身大で着ることができる和服を追求しても良いかと思います。
【テーマ2】百貨店(の呉服売り場)とホスピタリティ
百貨店、行くたびに怖いと感じます。買う覚悟がなくても畳に上がっていいのだろうか?と思っちゃうんですよね。(笑)
これはホスピタリティ(おもてなし)の問題だと思うんですよ。着物業界にはホスピタリティがない。全部が営業に見えます。営業マンがたくさんいる場所です。
例えば、街中の「一杯どうですか」「一時間どうですか」というキャッチ。あれは飲食店における営業、合理化、売り上げのプロです。
それから多くの飲食店でタッチパネル、ロボットでも合理化が進んでいますが、一方でみんなで食べる(その場に居場所を感じる)ことが重要視されている場所にはサービスは必要不可欠です。「気配り」「安心」を省略してはいけないんです。
「やばいお店に入っちゃった...(そっとドアを閉める)」のあれは、おもてなしではなく売ろうとしている店だということを察してしまうからです(笑)
着物のお店にはそのおもてなしがないと思います。
一芯(村上さんの経営店舗の一つ)は経営し始めた当初より月商が倍以上になり好調だったのですが、大幅に落ちてしまった時期がありました。
店長と女性アルバイト2名で頑張っていましたが店長が限界を感じて辞めてしまい、いよいよもう店が潰れると思って観念した瞬間.... ふわっと、売り上げがあがったんですよ。
店長は組織で上に向かって仕事をするマネジメントタイプの職種です。シフトを組む、合理化、責任を担うことが仕事になります。
しかしマネジメントを担うということは、実は”純粋なサービスマインド”(おもてなし)が持てなくなるということなんです。どうしてもマニュアル化してしまう。
自分ができるのと人に伝えるのは違う。知らないうちに戦闘員になってしまう。仕組みとしてそうなっているんです。
「こうやってやろうね!」と、ルールにした途端に作業になっちゃうんですよね。とても不思議なんですけど。
アルバイトの女性二人からマネジメントを抜いた(店長が辞めたので自動的に抜けてしまった)ら、結果的にお客様に喜ばれました、というわけなんです。
本当にめちゃくちゃ売上が上がり、その2人はサービスリーダーになり、今では伝説の人になっています。
そういうわけでマネジメントとサービスは分離させました。
組織をマネジメント、料理人、サービスマン、の3つに分けたのですが、新しくサービス長に就任したのは、なんと今までの評価軸では全然評価されていなかった人でした。
サービスというものは基本的な評価軸としていたマネジメントの逆に存在しているのだ、ということが分かったんです。
サービスをいれたら利益には絶対につながります。本当に同じものを売っているのに売り上げが倍になります。
でも、合理化とは逆方向への投資なのでみなさんなかなかやらない部分なんです。
「料理人、サービス、マネジメント」に対し、着物販売で言えば「職人さん、売り子さん、経営陣」になると思います。
誰が誰を評価するかは大事です。マネジメントが料理人やサービスを評価するのはうまくいきません。
うちは店長も何種類も(それぞれのリーダーが)います。あくまで同じチームの内で評価するのが大事です。
質疑応答②
会場の小売店代表 B様より
やはり売り子がいる方が売上が上がりますね。言ってみれば、関係性でしか着物は売れません。
なので、そこにいる人により売り上げは全然変わります。販売員は、着物が好きな人、着物が着たくて仕方ない人を採用しています。
村上さん
そうなんです。おもてなし(サービス)があると、売り上げが倍になるしプライスレスになります。プレゼントをただ「ドン」と渡すのか心をこめてラッピング(おもてなし)するかで全然違ってくるんですよね。
会場の小売店代表 C様より
サービス長はどうやって(サービススタッフの部下に)教えたらいいと思いますか?
村上さん
これはまだ実証実験してる最中ですが...プレイヤーが教育者になるとだめなんです。
現場で「教える」のはやめようか、OJTもやめようか、ということになりました。
教育と学びは違うものです。学びは主体的に学ぶこと、教育は教える側がやること。教えると、教えている側の答えを教えてしまい、教育されたことをやる人間になってしまいます。
一流のサービスマンでも、教育する仕組みでは人を育てられない。
だから、教育はせずに、入社したら1.2時間オリエンテーションして、姿勢、僕達が持ってる答え、世界観を共有します。
今まではホールスタッフ教育として「商品知識」と「卓番」がまずは絶対でした。
だからそれを覚えてこなすことに一生懸命になる。すると気を利かすスイッチが入らない。なので覚えることは徹底してなくし、伝票も紙で通しています。
まずは「自分がされたいもてなしは何だろう?」のアンテナを立てる。チラチラこちらを見ているお客様に気づくとか。
「とにかくお客様のところに行け、"角煮ひとつ"と言われたら伝票にその通り書け」ということにしたんですよ。
以上、一部ではありますが、村上社長のトークセッションのレポートをお送りさせていただきました。(文責 あゆみむ)
編集後記
"着物(和服)を自由に着よう”と最近巷で耳にはしますが、確かに作法があると自由に着ようとしても難しい、ということも改めて認識できました。
私個人としては、骨董市の羽織を羽織ったことから日常的に羽織るようになったので、等身大の和は「洋服に羽織を羽織る」ことかもしれません。でも、まだまだ「等身大の和」スタイルを自分なりに模索していきたいと感じました。
ご自身のご経験をもとに鋭い視点からお話をお聞かせ頂きました村上社長、カジュアル着物展にご招待頂きました天野様、この投稿を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
今後もこのおしゃ会メディアでは、新しい和のスタイルに関わる人や作品、トレンドなどをお送りしていきますので、よかったらまた読んでいただけたら嬉しいです。
記事はXから投稿しますので、また読みたいと思っていただけましたらぜひフォローをお願いします。
《 おしゃ会 へのお誘い 》
「おしゃ会」とは、2023年1月に始まった、ハンドメイドマルシェ&ポートレート撮影&交流会です。
自由に和洋ミックスファッションや和装を楽しむ人々が集うオープンな会です。コンセプトは「普通じゃなくていい。あなたらしくていい」。
次回は2024/11/23(土)昼 & 11/24(日)昼・夜。場所は浅草エリアの蔵前(24夜は秋葉原)。
毎回場所を変えて実施しております。前回は町田開催で200名の着物愛好家の方や、その他ファッション好きの方などとお会いできました。(年齢性別不問、他の着物イベントよりは男性の比率が高めのイベントです)
おかげさまで6回目!遊びに来てくれる方、絶賛募集中です。夜はプチランウェイや音楽ライブもありますよ。出会いや発見の多い日になりますように。皆様のお越しを心よりお待ちしております。
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▼この記事を書いた人
おしゃ会代表。イベントディレクター 、ライター、撮影サポート、MC。面白コーデ好き・羽織でカンタン和洋MIX!短歌と猫と天然石も好き。